クラシックでは演奏会でも、間違いは許されないらしい。
しかし、人間だ。
間違いはある。
完璧な演奏を求めるのなら、CDで十分だ。
ライヴは何が起こるか分からないから、面白さがある。
アルフィーは特に俊彦が良く転んだり、歌詞を飛ばしたりしている。
観に来ている人は
「また、やっている!」
と、笑って観ている。
アルフィーはライヴバンドだ。
CDでは取り直しをして、綺麗にまとめているが、ライヴに関しては誰も完璧を求めちゃいない。
その時、起こるハプニングを期待しているのだ!
誰も正確さを求めたら、ライヴは必要なくなるだろう。
間違えたり、転んだりしながら、やるのが、ライヴであり、発表会である。
間違えたら、やり直せばいい。人生も同じだ。
勿論、間違えられない、職業と時はある。
それ以外ではどうとでもなれの精神で挑んだら良いのだ。
失敗はある。だからこそ、ライヴは面白いと私は感じるのだが。
そして、ライヴはアーティストとSEXする感覚では無いだろうか?
奏でるメロディーの発する側とそれを受け取る側の合いまみれた時に何かが出来上がる。
演奏する側だけではなく、観客もいて新たな空間が産まれる。
及川光博のライヴではエアーハグたるタイムがあり、アルフィーの俊彦は
「今から女性は俺を彼氏だと思え。野郎は女だと思え」
と言って、ラブソングを唄った。
それはCDでは産まれないモノだ。
愛し方に間違えもあるのと同じように、ライヴも間違いは起こる。
そこも含めてライヴの醍醐味では無いだろうか?
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