2022.9.27
今、安倍晋三元首相の国葬が執り行われている。
友人代表で菅義偉元首相が追悼の辞を伝えていた。
私が高校生の頃、1年生の同級生が交通事故で亡くなった。
家に着いてニュースを見ると、その子が亡くなったと出て、言葉にならなかった。
そのまま、学校へ行った。
朝の校内放送で校長が伝えて、思わず私は泣いてしまった。
実は私は成績が落ちて、特別クラスから、一般クラスに変わったので、そのクラスでは私だけが同級生だった。
授業中に手紙が回って来た。
そこには
「番長(私のアダ名)。私達は何も出来ないけど、いつも番長の味方だからね。悲しいけれど元気出してね」
というモノだった。
有り難かった。
後日、亡くなった女の子の献花式があった。
同級生だった女の子が泣きながら、弔辞を言った。
その女の子と私は仲が良くて、休憩時間に話したら
「みんな、違うクラスの人は他人事だと思っていたから、わざと泣いた」
と言った。
私は内心、違うクラスでも、誰かが亡くなって、無関心な人等いないよと思った。
その女の子は東京の大学へ、私は函館で就職した。
文通が始まった。
私は亡くなった女の子の事を書いて
「いい人は早く亡くなるよね」
と書いたら
「悪い人でも早死にするよ!」
と、まるで高校の頃の気持ちを無くしてしまったのが、ショックだった。
泣きながら、弔辞を言った貴女は何処へ行ったのかと。
人は変わる。しかし、無くしてはいけない気持ちもあると強く思う。
その女の子とは音信不通になった。
私は泣いた女の子よりも、手紙をくれた子達の方がよっぽど、人としての優しさを持っていると感じるのだが。
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