2022.9.28
私は一応、クリスチャンだ。
聖書は幼い頃から、読んでいた。両親はクリスチャンではないが、本は買ってくれた。
高校はカトリックのミッションスクールだったから、宗教の授業があった。
聖句を暗唱させられたり、人としての良い事、してはいけない事を教わった。
高校でクリスチャンになった人もいたが、私が洗礼を受けたのは43歳になってからだった。
シスターの艶かしい姿に憧れたからだ。
そして、婚前交渉が駄目だからと断る事が出来るのが好都合だったからだ。
酒・煙草は勿論、交際する前に牧師に伝えて、許可を取らなくてはいけなかった。
無宗教の人ならば教会員にさせようとするし、キリスト教と相反する宗教の人だと、駄目と言われた。
私が考えるには、まだ、右も左も分からない子供をクリスチャンにするのはいかがなものか?と感じる。
柔らかい頭の子供は聖句を暗唱しやすいし、スッと入ってきやすいのは利点だが、自分が本当になりたくて入ったのとは違うから、危ない気がするのだ。
分別がつく、大人になって、自分が入りたいと強く願ってからで良いのではないだろうか?
こんな事を言うと牧師に怒られてしまうが、私は無宗教が一番良いと感じる。
必ず、そこには争いが始まるからだ。
キリスト教だけが、神だと言う人と日蓮が大事だと言う人の間ではいさかいが起こる。
無宗教ならば争いは起こらない。未然に防げるものだ。
人を豊かにする宗教と言うモノが戦争の火種になるのは本末転倒だ。
ならば、宗教に属さず、自分の心の神に祈れば良いと思うのだが・・・・・・。
私は酒も煙草も呑むし吸う。いずれ、止めようとは思っているが、好きだから、仕方がない。
イイ男を見ると欲情するし、綺麗な女性は好きになる。
クリスチャンとしては失格だ。
しかし、常に祈っている。
自分の為、友人の為、世界中の人の為に、朝夕、真剣に祈る。
教会へ行っていた時より、強く祈る様になった。不思議な事だが。
真実の神は己にいるのではないか?と感ずる私だ。
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