2022.10.12
函館のライブハウスの一つにあうん堂というところがある。
今日、来たヘルパーのひとみさんが
「今、コロナで、大変なのをGLAYのTERUが何とかしようと朝、テレビでやってた」
と言う。
GLAYは何かにつけ、寄付やら、町興しやらに、手を出しているが、あんたが、売れない時に支えてくれた、元奥さんにきちんと、恩返ししたの?と思うのだが・・・話しはそれたが、あうん堂は私もお世話になった所だ。
ライブにも出たし、その後の打ち上げでも、お世話になり、具合が悪くなった私を、他のメンバーが店長に会うと
「あの、身体の弱い女の子は?」
といつも、訊いてくれるそうだ。
そういえば、朝の3時にドラムの子と、空いている店がなく、あうん堂の店長にお世話になった事もあった。
最後には函館駅で、頑張ったが、お互いにタクシーで家まで、帰った。
私が一番最初にあうん堂に出る時、ギターだったが、ベースのヘルプをしてくれるはずの男の子が、骨折したとの事で、ボーカルの女の子と、私だけになり、泣く泣くライブは中止にした。やる気になれば出来たのだが、その勇気も無く、お店の代金だけ支払って観に来てくれた、友人達に詫びて帰ってもらったという、始まりだった。
それから、私がヘルプでベースを、BLABOというバンドで、やった。
対バン形式で(アマチュアはいくつものバンドと一緒にやり、チケットの売り上げを談判するから、多い)、私達が終わった後に、私のベースのフレーズを後のバンドの男の子が、わざと弾いたりしたので、舐められたくない私は赤いハイヒールに黒の網タイツにミニスカートで、真っ赤な口紅で弾いていた。
よく、あのハーフの女の子がいるバンドと言われていた。
店長は女の子達に優しかった。他のバンドの男の子が、卑猥な事を言うと
「女性がいるんだから・・・・・・」
と、笑って諌めたりした。
これから、プロを目指す人をサポートした。
私達のバンドのギターの女の子は
「プロになる気ないから」
が、口癖だった。
ボーカルの姉ちゃんは私達より、5つ年上で、立派な社会人で、公務員だったから、別段、プロにならなくても良いと考えていただろう。
ドラムの女の子は同級生で、彼女はいつか・・・と心にあったようだ。
ギターの女の子が自分より上手い人を見つけたから、もうやりたくないとBLABOは解散してしまった。
その後、ドラムの女の子と、違うバンドのベースの女の子が一緒に東京へ行ったが、今、何をしているのだろう?
たくさんのアマチュアバンドがいた。その中でも、プロになるのは極わずかだ。
テクニックがあるからといって、必ずプロになれる訳ではない。
俊彦が書いた、音叉という小説に
「アマチュアにはアマチュアの臭いがある」
という行があるが、それは何となく分かる。
プロにはプロの臭いがある。
厳しいようだが、それは事実だ。
難しいものですね。
それにしても、あうん堂から、また、ビックなバンドや、アーティストが出るのを待ち望んでいる、私もその一人だ。
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