2023.12.2
前に、書いたお話しだが、また、思い出したので書かせてもらう。
私が29歳の時、足が不自由で杖を付き、その手の確か小指と薬指が無い70歳位の男性と知り合った。
病棟は違うが同じ病院で、喫煙所に座っていたら
「何飲む?」
「へっ?」
「だから、何を飲みたいかって訊いているんだ」
とぶっきら棒に言って来た。
どうやら、缶コーヒーを奢って下さるらしいので、私は
「いいです」
と言うと
「俺は好きになった奴はトコトン好きだし、嫌いなら医者でも言う事、きかないんだ!何飲む?」
と言われたので、缶コーヒーを一本奢っていただいた。
当時、同じ病棟の60歳位の男性が彼氏気分でしつこくて、違う病院で知り合った男性に、彼氏の振りをしてお見舞いに来てもらったりしたが、私に寄って来る、何も下心が無い人まで、殴ってしまう位だったが、その男性には年齢的に手出し出来なかった。
Aさんとしよう。Aさんと毎日、喫煙所で会うようになった。
Aさんは外出で朝市の果物を買うのが楽しみだった。
私にも苺を買って来て、食べさせてくれた。
Aさんと一緒にいると、守られている気がしたし、60歳の男性も、何も言えずにいた。
私はその病院で何人かの男性と知り合ったが、会社を潰して統合失調症になった社長から、銀行の通帳をいただいたり、多分、覚醒剤に手を出して入院していた、ヤクザの男性がお母様を亡くした時に泣きつかれたり、年下の男性に目をつむって唇を突き出されたり、様々な出来事があったが、Aさんと一緒に居た時が一番落ち着いた。
年齢などは関係なくなるから、不思議である。
私が退院した後のアパートの住所もAさんにだけ手紙で伝えた。
実名で書くと迷惑が掛かるので、名前は架空の人物での文通が始まった。
それにもスリルを感じたのだろう。二人だけの秘密だった。
ある時、Aさんが、外出するから会いたいとなり、駅前で落ち合った。
Aさんは年金暮らしである。
しかし、私は一度も財布の紐を緩めた記憶が無いので、全てAさんが支払ってくれた。
最初はホテルのラウンジでビールで乾杯した。
ビールなら食堂の方が安いのを私は忘れて、景色が良いラウンジを選んでしまった。
昼間からのビールは気持ちが良かった。
そして、花見の季節だったので、歩いて公園に向かった。
私はAさんに
「ゆっくり行きましょう」
と、気を遣ってゆっくり歩いたがAさんはTHE 昭和の男だ。
杖を付きながらも私より前を行き、私をリードしようと先に先にと歩く。
案の定、公園の丘で転んでしまった。
それでもAさんは笑ってまた、立ち上がり売店から、アイスを買って来てくれたのだ。
そして
「この前、のぞ美ちゃんとラブラブした夢を見ちゃった」
と言われ、ラブラブとは?と考えたら、答えが分かった。
私はこれ以上Aさんとお付き合いすると、Aさんに金銭的にも体力的にも負担を掛けると感じて、別れる事にした。
Aさんはお手紙で
「のぞ美さんに会えなくても、私は平気です。夢でいつでも会えますから」
と、まるで、少年の様な事を書いて来る。
その純粋さを足蹴りにしてはいけないと感じ
「もう、Aさんの事は何とも思っておりません。手紙も迷惑です。失礼いたします」
と、心にも無い事を書いて出した。
Aさんは何も言わずに引き下がってくれた。
年齢から言うと、もうこの世には居ないかも知れない。
父より年上だったから。
まあ、私の父が、23歳の時の娘だから、父より年上でも、お付き合いは全然構わないのだが、Aさんの負担は大き過ぎると私は考えての決断だった。
この話しをある女性にしたら
「のぞ美さんが、支えになってあげたら良かったのに。大切にされたでしょうよ」
と言われた。
私はいまいち関係を育てるのには向いていないのだとハッとした。
私がAさんを支えて生きる事も出来ただろうが、まるっきり頭に無かった。
こんな女だから、Aさんには申し訳ないと今、感じる。
Aさんみたいに、いつまでも少年の気持ちでいられる男性は数少ないだろう。
天国で見守っていて欲しい。
今では私のあの手紙は嘘だと分かるだろうから。
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