2023.10.26
私の父が25歳の時にあるホテルの課長をしていた。
ある時、中卒で奥様と働いてお金を貯めてホテルを建てたは良いが、経営の仕方が分からずに悩んでいたところ、その社長の知り合いが
「〇〇ホテルの課長をやっている中田さんという方がいらっしゃるから、彼は若いけど、仕事は出来るから、交渉してみてはいかがでしょうか❓」
と、伝えられて、父に社長が
「支配人として受け入れるから、何とかウチのホテルをやって欲しい❗」
と、頼まれて、そこのホテルも支配人になるならば応援するからと、退職して、新しいホテルの初代総支配人になり、ホテル経営からフロント業務のやり方、ここに喫茶店を置いたら良いですよと、社長にアドバイスして、ホテルが成り立った。
父の部下は皆、年上だったから、仕事を頼む時は言葉を選び
「〇〇さんにしか、出来ない仕事なので、私を助けて下さい」
と、父もそれなりに苦労したのは云わずもがなである。
そして、喋りが得意だったので、ホテルが休みの日には結婚式の司会のアルバイトをした。
日給、1~2万円貰えるからである。
大型二種免許も持っていたので、いつでも、タクシーやバスやトラックの運転手になる事も出来た。
父の尊敬するところは大企業の社長であろうと、ソープ嬢であろうと、一切、態度を変えない人だった。
普通は同じ会社の人としか、知り合いにはならないが、父が街を歩くと、必ず知り合いに会う。
家に帰って来なかったので、私は用があると、父の勤めていたホテルへ行っていた。
そして、私を連れて街を歩くと、父が
「あー❗〇〇さん❗中田です」
に向こうの男性は私をまた、新しい愛人だと思ったらしいのが、娘の私は分かり
「お初にお目にかかります。娘の中田のぞ美と申します」
と、言うと、驚きながら
「娘さん❓こんな大きなお嬢さんがいるとは分かりませんでした」
と、言われた事、数知れず。
しかし、父は年上の部下からも、関係ない社長からも慕われていた。
家事・洗濯は自分で出来るし、英語位は帰国子女でも無いが流暢に話せた。
ピアノ、ギター、トランペットは演奏出来たし、本も沢山読んでいたから、三島由紀夫についてや実存主義について、マルクスについて位話せ無い人はバカにこそしないが父の話し合い手にはなれない。
だから、私は社会の男性は皆、その様なものだろうと思っていたが、余りに仕事は出来ないし、家事・洗濯、お母さんや奥さん任せで、ツェッペリンどころかビートルズも聴いた事が無い男性に会い、カルチャーショックを受けた。
これでは結婚どころか彼氏にも出来ないよと今になって後悔しても仕方が無いので、独りたくましく生きて行こうと思っている。
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