幼少期の頃から

2025.2.11

 私は小学生の時が一番忙しかったと思います。

 月曜日はピアノと珠算、珠算は週3回あったから、月水金ございました。

 私の父は函館で一番の先生と全て知り合いで、ピアノも週4回までの先生でした。

 3回、先生を変えましたが始めはヤマハ教室の先生で4才の私を母が連れて行き、私がピアノを習っている間に母は買い物に行きました。

 自ら習いたいとは一言も言った事が無いですが、私の両親はピアノかバイオリンを習わせたかったのですが、もし、バイオリンの弦が切れて、私の目に当たって失明するより、ピアノの方が良いだろうという理由でピアノを習わせました。

 私はピアノには全く興味が無いから練習致しませんでしたが弾けないと悔しいという、贅沢な性格だったし、私の当時のピアノの先生は容赦なく、怒鳴るし、手を叩くから、とにかく怖かったです。

 ずっと我慢していたが、母がやって来ると涙が止まらずに母に泣きついたから、先生も母も困り顔の毎回でした。

 そして、火・木は学習塾。

 勿論、夏休みは夏期講座、冬休みは冬季講習。

 土曜日は書道教室。

 日曜日は隣の7つ年上の男の子と本気でキャッチボールをしたおかげで、同い年の男の子と軽くキャッチボールしただけで誰も受け止められない早くて重たい球を投げてしまう女の子だったし、売られた喧嘩は全て買いました。

 5,6人ぐらいに囲まれたら、全ての男子に必殺チン蹴りをして、うずくまった所を両肘で肩甲骨目掛けて、ガンガンと打って、ガタイの良い大人の男性に

「今、男の子たちに喧嘩を売られております❗」

と、言うと、私のルックスから、男らしい大人の男性に限って女性に手を挙げる事はいかん❗と思っているし、その男性が男の子たちに叱っている間に私はスタこらさっさと自分の家に帰ると、母が

「また、男の子たちに喧嘩を買って来たのね❗何時になったら、女の子らしくなるの❓」

と、既に母はお見通しでした。

 だから、小学生の頃に全て挫折を味わっております。

 学習塾に行くと、私よりも成績が良い人はどうしてもいるし、ピアノも私よりもウマイ人はいるし、珠算も先生が

「中田さん。本当に珠算の上手な人は左手で支えなくてもそろばんを一切動かさずに球を右の指で弾けて初めて珠算が上手だというのですよ」

と、私にだけ教えてくれて、3級になると伝票算が入るから、全ての人はそろばんを動かないように、止める輪ゴムを買っていたが、私は一切使わずに、掛け算、割り算、見取り算(足し算、引き算の事)も、左手で支え無いで練習し続けると、一切、そろばんを動かさずに全て計算が出来ました。

 良く、中国の子供たちがそろばんを弾いているが、全ての子供たちが両手でそろばんを弾いております。

 そろばんで1兆の50段位の計算が暗算で楽に出来ました。

 そして、そろばん教室の代表で函館珠算大会に出されて金賞をとってしまいました。

 本当は日曜日の休みにわざわざ珠算大会に等出たくは無かったのですが、先生に出て欲しいと言われて、出たら金賞。

 2級に受かった時点で1級のテキストと段のテキストを買って、段のテキストばかりやらされておりました。

 しかし、1級が一回で受かる筈だと思われていたが、見取り算だけ、何時もウッカリミスで、3回落ちてしまい、先生に申し訳なくなり、珠算教室を辞めたから、珠算もダメ。

 書道教室も1年から6年まで通っても、たったの3段しかとれなかったので、私は小学生で全ての挫折を味わいました。

 幼稚園の時、父に小六法と広辞苑を投げられ

「日本に産まれて、日本で育って行くのなら、これ位、分かっていないと恥ずかしいからな❗」

と、言われて全て読んで、小4に上がる春休みに私の学習机にまた、父がポンッと、NHKラジオ基礎英語のテキスト4月号を投げられ

「4年生にもなったら、これに書かれてある英語をブロック体、筆記体で書けて、意味も分かって、ラジオで外国人の男性と女性が会話するから、ネイティブに発音出来ないと恥ずかしいからな❗」

と、言われて毎日、ラジオを聴いておりました。

 物心が付いた時には4千冊以上の本があり、学校で良書とうたわれている本はわざわざ図書館に行かなくても、全てあったので、友達に付き合って図書館に行った時は女性作家が書いたエッセイとか、わりと軽い本ばかりを読んでおりました。

 全ての日本文学全集、世界文学全集、吉川英治の歴史集、三島由紀夫文学全集、夏目漱石の文学全集、作家の幼少期からの写真付きの本の全集、殆ど図書館に行かなくても本がありました。

 父は

「マンガはこれ一冊だけ。週刊誌なんか読んだらバカになるから絶対読むな❗それ以外の本なら、月に何冊買ってもいいから」

と、言われて”ドラえもん”の確か13巻、一冊だけ。

 大人になって、やっぱり❗と分かった事が離れて暮らしている父がわざわざ電話を掛けて来て

「ノン❗ドラえもんの主題歌、アルフィーが歌っているよな❗」

と、言った時、矢張、父は毎週、ドラえもんを観ていた男性なんだ❗と分かってしまったのです。

 多分、その後の”クレヨンしんちゃん”も観ていた筈です。

 父が仕事が早く終わって、家に居た時には夕方、必ずNHKのニュースを観ながら

「こんな原稿読みしか出来ないなら、NHK辞めちまえ❗」

と、毎日、文句を言っておりましたが、毎週、金曜日は私が居なければ”ドラえもん”を観たい男性だったのです。

 しかし、私のウチは下宿をやっておりましたので、少年ジャンプ等、父に隠れて読む事が出来ました。

 ある高校生のお兄ちゃんが

「のぞ美ちゃん。お手洗いに行って来る」

と、言って下に降りている間にベッドの下に何冊かの雑誌があって、観てみると、金髪美人の裸の写真や団地妻の初めてのヌード撮り下ろし❗等タイトル付きでカラー写真に漫画もあり、全てのストーリーが女性が始めは嫌がっているのですが最後は感じてしまうという、男性たちの偏見のストーリーの漫画ばかりで、私は

「こういうのが、男性たちはみんな読んでいるんだ」

と、観てみると、お兄ちゃんがお手洗いから帰って来て

「のぞ美ちゃん❗見たらダメ~❗」

と、大慌てだったので

「どうして❓こういうのが、大好きなんでしょ❓」

と、私は大慌ての高校生のお兄ちゃんが不思議でした。

 私の母は下宿人はみんな鍵を掛けていないから、全ての部屋を掃除するのですが、その高校生の男の子の部屋のベッドの下に置いてあった、昔でいうビニボンを綺麗に揃えて、勉強机の上に置いて帰るので、その高校生は夕御飯になると、いつ、私の母に叱られるかビクビクしながら、夕御飯を食べていたと思うのですが、母は一度も怒った事が無いのです。

 逆に、もう一人の男性の部屋に飾ってある、ある女性歌手の洋服は着ていたのですが、セックスアピールをする顔のポスターを貼っているのを見て

「気持ち悪い❗」

と、母はそちらの男性の方が不健全に感じたのでしょう。

 母は男の子なら女性の裸は見たいけど、直接見られ無いから、あのような本を見る事は理解出来るけど、想像させるポスターを貼っている男の方が気持ち悪い❗と思う女性でした。

 実は、そのポスターを貼っている男は私のストーカーをして、私の部屋の窓を割って、鍵を開けた犯人になってしまいました。

 母に頼んで、その男を家から出してもらったのは言うまでもありません。

 その前にお手洗いに貼っているアルフィーのポスターの俊彦の顔だけをカッターで切り裂かれた時、ショックで、母もその男が犯人な事は分かりました。

 唯一、常にカッターを持って歩く仕事を彼だけがしていたからですが

「俺、やって無いよ❗」

と、嘘の一点張りですし、指紋を取ってまでは私は出来ませんでしたが、さすがに窓を割られて鍵を空けられていたので、追い出してもらいました。

 そのような事が幼少期からたくさんございますが、何時になったら、そのような男たちが私から居なくなるのかは分かりません。

 多分、生きている間、一生続くと思っております。

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