2023.1.30
最近、めっきり寒くなり益々動けなくなった。
身体だけならまだしも、心も萎える。
鬱病が酷くなってきた。いつものことだから、今は冬眠と考えている。
鬱病の怖いところは死のうとすることだ。
鬱真っ盛りの時は動けないから問題ないが、良くなってきた時が注意が必要と言われる。
実行に移せるからだ。
よく「死にたい」と言う人は死なないと言うが、私は友人を何人か失くしている。
一度は実行した人が再度して、本当にあの世へ逝ってしまった。
鬱病の人に「頑張れ」は禁句であるのは皆さんもご存知だろう。
しかし、「頑張れ」に代わる言葉が見つからない。
「ベストを尽くして」も違うし「肩の力を抜いて」も違う。
傍に居れたら、黙って寄り添うことは可能だ。
私も一度実行した事がある。
芥川龍之介が遺書に書いてあった”ぼんやりとした不安”を体感したからである。
お金の苦労や、失恋、ましてや病気を苦にしたわけでもなく、人生が虚しくなってしまったのだ。
安定剤を何百錠飲み、次の日、救急車で運ばれた。
私の身体はチューブだらけで、9日間眠っていた。
その時、真っ暗な水の中をただ歩き続けていた。上も下も右も左も無い空間をただ歩く。
左と思われる方を見ると、母が立っていて、周りを見渡すと医者や看護師達に取り囲まれていた。
そこが病院だと分かって、また眠りについた。
そのまま死んでいたら、私は今でもあの暗闇を歩き続けた事だろう。
それが、地獄と呼ばれるモノだろう。逃げられない。既に死んでいるのだから。
小学生の頃、父が
「三島や太宰や芥川をあまり真剣に読むなよ。生きていることがバカらしくなるからな」
と私に言った。
今ではその意味がよ~く解る。
何事も程々が良いのだ。
よく自殺する人は弱いと言われるが、私は違うと思っている。
心の持って行きようが少し下手なのは確かであるし、自分を見失った人もいるから。
ただ、私から言えることは自ら命を絶っても、良い事は無いよ、と伝えたい。
悲しむ人が必ず出るし、何より自分が一番苦しむ。
死んだ後に苦しむなんて、生きている今の苦しみ以上である。
人に頼ったていい。迷惑掛けてもいい。
死ぬことに比べたら、大したことではない。
もう少しだけ、生きてみませんか?
菅野茂 への返信 コメントをキャンセル