2023.6.24
私は多分、父が亡くなってからだろう。吃音、所謂吃りになったのは。
父と電話でやり取りしていた時には普通に話していたからだ。
母が認知症になり、私と一緒に病院へタクシーで行く時、私が行き先を告げると
「う、う、牛島の・・・・・・」
となる。運転手さんは笑いを堪えていたが、私は母に
「どうして、どもる様になっちゃったんだろう❓」
というと、運転手さんも笑みが無くなり、神妙な顔付きになった。母は
「焦らないで喋るといいの」
というが、伝えたい思いに言葉が付いていかないのだ。
悩んでいた時、伊藤亜紗さんの「どもる体」という本に出会った。
吃音者は意外に多く、有名な山下清さんがイメージだろうが、あの小倉智昭さんもTVで話す以外は家族の前ではどもるらしいと知り、私は救われた。
人に寄って、吃りが出る環境が違ったりする事も分かった。
不思議な事に歌を唄う時にはどもらない。多分、メロディやリズムがあるからだろうし、アカペラでもどもらないだろう。
話す時だけである。
私の場合は伝えたい事に言葉が付いていかない感じになるのだ。
一時期、オペラの男性に発声法を習った。
「吃音も治ると思いますよ」
と言われたからである。
お陰で、ここ数年は自分が吃音だと忘れていた位だったが、また、少し出て来て、そう言えば吃音者だったと気付いた今日この頃である。
自分で気付かない内にショックを受けたりするとなるのだと思う。
顔をあわせている時は身振り手振りで伝えたい事は分かってもらえるが、問題は声だけの電話である。
先を読んで下さる方ならば
「〇〇ですね」
と私の伝えたい事を代わりに言ってくれるが、皆が皆そうではない。どもって黙る私に
「どうしましたか❓」
と訊かれると、尚更、言葉が出なくなる。
良く語る様に歌い、歌う様に語れと言われるが、私に一番大切な事だろうと思う。
本来は喋るより、書くことの方が得意なのもそのせいもあると感じる。
サトラレ君にはなりたくはないが、言葉に詰まった時に相手に分かってもらえる方法が言葉以外にあると良いのになと思う私である。
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